1.5 心を生む1100グラム―脳という物質
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「人間の脳の進化は周りの世界を正確に反映するためのものではない。それは我々の遺伝子の生存能力を高めるためにあるのだ」
研究的興味
発表した論文の内容
精神疾患の行動モデルの研究
情緒と認知の脳電気生理的メカニズム
目撃証人の鑑定
顔に対する好みの研究
女性の顔に対する審美的評価と脳内電位の関連についての研究
女性の顔が美しいと判断される要因とこれらの要因が意味する内分泌状況や生育能力について検討
ジョンストンの顔魅力度のホルモン理論
美しさに対する認知は観察される側と観察する側のホルモン状況の相互作用によるものと主張している
彼らの研究では顔の対称性、ホルモンマーカー、そして女性の生理周期も、男性の顔魅力度に対する認知に影響することを明らかにした
研究手法: ソフトで合成した非常に男性的な顔から非常に女性的な顔に変化する1200枚の画像を参加者に呈示し、好みの顔を選ばせる
女性は中性的な顔よりも男性的な顔を好み、さらに生理周期の排卵期のピークではより男性的な顔を好むようになる
人差し指と薬指の長さの比は、胎児のときに接触した女性ホルモンレベルと正相関し、男性ホルモンレベルとは負の相関があると言われている
ジョンストンは男性ホルモンがヒトの性別に対する好みに影響を与えるのなら、胎児期の神経システムと男性ホルモンへの接触頻度はヒトの男性性と女性性の特徴に影響を与えるとともに、異性の身体的・顔面的特徴への好みにも影響を与えると考えた
研究の結果では、薬指に対する人差し指の長さの比が低い女性ほど、女性性が少なく、生理周期が相対的に不安定であり、排卵期のピークではより男性的な顔を持つ人を短期的な性的パートナーとして選ぶ傾向があり、親に対する愛着点数が高く、かつ異性と長い親密関係を持ちやすい
顔の好みは生育と関連する内分泌的な履歴を反映し、重要な生物情報を持つ他、評定者の認知的・感情的反応を喚起しやすく、評定者の配偶者選択行動にも影響を及ぼしている
1990年来、コンピュータサイエンスを駆使し、進化的メカニズムの遺伝アルゴリズムをシミュレーションし、ソフトウェアFacePrintsを開発した 目撃者の反応によって容疑者の顔を進化させたり、ユーザーの好みに応じて理想的な顔を作り上げたりすることができる
この技術は目撃証言の正確性を改善することに大きく貢献し、それによってジョンストンは1995年度のニューメキシコ州発明家賞や動粘度のニューメキシコ企業協会によるニューメキシコソフトウェア開発者賞を受賞
クイーンズ大学ベルファスト校の心理学部の学生だった私は、様々な精神疾患患者を観察する機会に恵まれた
私にとって驚きだったのは、これらの意識的感情や知覚が化学的介入によって修正可能だということ
エジンバラ大学の博士課程では、統合失調症患者の脳内では普通の脳内神経伝達物質(ドーパミン)が幻覚誘発性物質に変換されているのかも知れないという考えのもと、幻覚誘発剤の分子薬理学を研究した。 もし、すべての人が脳内でドーパミンの代わりにこの4-メトキシ誘導体を使って世界を知覚していたらどうだろうと考えた
共通の現実を生きることになるが、知っているものとは大きく異なる現実なのだろう
脳内でドーパミンが出ているときに幻覚を見るのだと言われはしないか
我々の外界はもしかしたら我々が認識してるものとはぜんぜん違うものなのかもしれないが、「正常な」ドーパミン化学が進化したのだからドーパミンを使って外界を認識するのが適応的であるに違いないという信念を当時は持っていた
有名な神経科学者で埋め込み電極を使って霊長類の脳を刺激したり脳からの信号を記録する手法で知られている
ESBは視聴覚と固有感覚を複合させた幻覚や、詳細に渡る偽りの記憶、精巧な思考、体外離脱体験、複雑な行動、恐れや悲しみといった不快感、喜びのような快感、そして性的興奮やオーガズムを引き起こすことが可能
それどころか人間の最も繊細な感情である恋愛感情でさえも、側頭葉ESBによって誘導されてしまった
私のイェール大学での研究プロジェクトの一つは、「コンピュータとチンパンジー脳の間の双方向遠隔測定通信の確立」
この2つの能力は、ヒトの心についての進化理論を定式化、モデル化し評価する際に中心的な役割を果たすことになった
ニューメキシコ州での短期滞在中に常勤の教育研究ポストが空いた際に誘いを受けた
その時の私の課題はヒトの頭皮電極が記録した事象関連電位のうちP3波に影響する要因を理解すること
P3波: 事象関連電位の3番目の正の成分で、単純なトーン音やフラッシュ光を見聞きさせた場合には刺激の約300ミリ秒後に生じる 私は、たとえ刺激の起こりやすさが同じでも、観察者にとっての刺激の価値次第で、P3波の振幅が規則的に変化することを示した
近年では、事象関連電位のP3成分はとても重要な(無意識処理に対しての)意識処理の電気生理学的関連要因とみなされるようになったが、P3波と意識の間のつながりはその時点では我々にとっては明白ではなかった(Melloni et al., 2007)
私の脳に対する見方は、繁殖成功度を高めるために進化した一器官である、というものになっていった
我々がそれまで用いていた刺激(トーン音とフラッシュ光)が果たして事象関連電位を研究する際に最適なものだったのかどうか、疑問を持つようになった
私は生態学的にもっと意味がある刺激として、正負の感情価を有する写真を用いるようになった
写真は複雑な刺激なので、P3波の発生が遅れ、刺激開始の約500ミリ秒後に生じるが、皮質内分布(発生箇所)は古典的なP3波のものと全く同じで、主観的確率と感情価に影響されることも同じ
5個のカテゴリーに分類した写真のスライド
カテゴリーのうち3つは「快」(赤ちゃんの写真など)、「中立」(普通の人の写真など)、「不快」(皮膚科の症例写真など)
残り2つのカテゴリーには、有意な男女差が見られたものが分類された。
男性モデルのスライドは女性からは高評価、男性からは低評価
女性モデルはその逆
P3波の振幅は、上記の意識的感情分類を見事に反映していた
すべての実験参加者について、前述の3個のカテゴリーは強い感情的刺激(快と不快)の写真が感情的に中立の写真よりも大きな応答を引き起こすというU字型の結果になった
モデルのスライドについては異性モデルのスライドが同性モデルのスライドよりも大きなP3波を生じさせた
以上の結果は感情価仮説の強力な根拠になったのと同時に、後に王暁田が表彰された研究(Wang & Johnston, 1993)で実証された「ホルモンが感情価に与える影響」に関する新たな研究手法を提供することになった 意識的感情は大まかに感覚的感情(痛み、苦しみ、甘みなど)と社会的情動(空い、恐れ、怒りなど)に二分されるようだ これらには共通点が多くある
あらゆる意識的感情には快的状態と強度があるが、異なる質を持つ
これらの即座に体感される意識的感情と、遺伝子の生存に対する潜在的な物理的社会的脅威(または利益)との間には、切っても切り離せない関係がある
快的状態は脅威なのか利益なのかの見極めになり、強度はその脅威または利益の度合いを反映し、感情の質はその脅威または利益の本質と関連する
感情の質的な違いは、繁殖成功に関する三大必須要素との関連で分類できそう
繁殖可能年齢までの生存(関連する感情は痛み、空腹感など)
繁殖(欲望、嫉妬など)
子孫の世話(愛情、誇りなど)
進化的観点だけが、様々な質的に異なる意識的感情(至近的意図)と遺伝子の生存(究極的意図)に対する多様な脅威と利益の間にある、密接な対応関係を説明可能
しかし、物質である脳がどうやって、上記の一見非物質的な感情を生み出すように進化できるのか
自動車の個々の部品と「加速性能」「コーナリング性能」「静音性」などの個々の部品にはなかった創発特性の比喩
進化の影響→生命のレースに出場させる
生命のレースで勝利した車だけが次世代の車の設計に寄与できる
この思考実験の重要な洞察
第一に、レースに勝った車の走行性能に関する創発特性は優秀なはず
つまり、自然淘汰が働くのは創発特性のレベル、車がどういうふうに自分の環境と相互作用するかというレベルにおいてであり、また、ある特性を保有していれば車が競争に有利になり、自分の構造を次世代に伝えられるのであれば、その特性が残る
走行性能に関係ない創発特性は世代が進むに連れて失われていくだろう
第二に、世代が変わるときにわずかな構造の変化(突然変異)が起こるために、走行性能に関する創発特性は、絶え間なく続く最適者選択の過程で必然的に向上していくはず
走行性能にあたる、遺伝子の生存にとっての脅威と利益を的確に見分けられる感情という創発特性は、世代を経るにつれてより顕著かつより的確になっていくことだろう
第三に、この進化パラダイムにおいては機能が構造を決定する
ヘモグロビンの進化のような生物学の例
この分子は特殊な構造をしており、酸素結合能という明確な機能を持っている
わずかに異なるヘモグロビン遺伝子を持つ人口集団からスタートすれば、最も機能的な構造のヘモグロビン遺伝子を持った人々が生き残って繁殖し、将来世代に自分の遺伝子を伝えていくことだろう
彼らの遺伝子やそのわずかな変異型が集団中に広がっていくはず
結果として、世代が進むに連れてヘモグロビン分子の構造は変わることになる
機能が構造を決定する
この原理は創発特性についてもあてはまる
世代を経るにつれて遺伝子の生存を促進する創発特性が選択されていくことで、そういった感情を惹起させることができる神経機構が鍛造、精錬されていく
心の機能的な特質にかかる自然淘汰によって、人の脳の物理的化学的組成が形成される
心の創発仮説には、最後にもう一つ非常に広範囲にわたる影響がある 機能的な創発特性の進化に関する唯一の制約は遺伝子の生存
つまり、感覚、感情、知覚を含むあらゆる意識体験は、この世界の正確な描写や評価だと思うべきではなく、単に遺伝子の生存によって、そして遺伝子の生存のために設計された機能特性と思うべき
リンゴは赤いのか
赤さとは生物組織が進化によって獲得した創発特性なのか、はたまた電磁放射線の特定の波長が持つ特性なのか、どちらなのか
我々は夢の中で赤さを体験するが、このとき電磁放射線が感覚に作用していないことは明らか
脳が赤い波長の電磁放射線を出していないことも明らか
よって、赤さは生物組織が持つ創発特性に違いない
しかし、どんなに意識的感覚であろうが感覚器にエネルギーを作用させれば引き起こすことができるのだから、そういう精神体験は完全に生物組織が持つ特性なのだと認識することのほうが、はるかに多くの洞察をもたらす
主観的経験はすべてESBや脳内物質の化学的修正で引き起こすことができる
実際に量子場理論が真実ならば、物質世界というものは我々が進化の産物であるヒトの心でもって、こうであるはずだと思いこんでいるものと著しく異なる構造をしていることに鳴る その意味で、我々が意識している世界は、適応的な幻影なのだ
心の創発仮説では、心というものを物質主義的にとらえることで「物質である体が非物質である心とどのように相互作用しているのか」という二元論の最大の落とし穴を回避する
それと同時に、この仮説で主張されているのは、心の諸性質が、単体では大したことのできない複数の脳細胞の物理的化学的な相互作用によって創発された特性であるということ
心の諸性質も進化の産物である生物組織としっかり結びついている
この観点からはヒトの脳は、コンピュータと似たようなやり方で赤さや甘みといった性質を描出する精巧な計算装置であるとみなされる
そうすると必然的に、主観的経験は意味のない付帯現象とみなされることになる
しかし、意識的感情は確実に、単なる付帯現象ではない
進化の帰結として、快・不快の感情で持って遺伝子の生存にとっての利益と脅威を区別できるようになり、それによって適応的な学習や意思決定の際に必要な、報酬や抑止力という至近的な価値体系を持つに至った
どんな子どもだって、喜びや苦痛のような機能的な創発特性を持って生まれる。心が持つ意識的な創発特性が、存在という静寂虚無に光や愛、そして意味を与える(Johnston, 2003) 心の創発仮説では、ヒトの感情は祖先環境において常時存在し、遺伝子の生存にとって脅威や利益となった、物理的社会的な出来事の快・不快を判断するためのものとして進化したとされる
これが事実なら、他人や場所、芸術に関する美的センスを含めた、ヒトが持つあらゆる感情の設計に、自然淘汰や性淘汰の指紋を見出すことができるはず(Miller, 2000) どんな集団でもその集団における平均顔がある程度魅力的なのは、その集団が置かれた環境下で適応的な特徴を備えているからかもしれない
しかし、通文化的に最も魅力的な顔が共通の平均的でない特徴を備えていたという観察結果は、女性の顔の美しさを定義する際に重要な形質が存在することを示している
最も魅力的な女性の顔が持つ特徴は、どうやらある種のホルモンマーカーで、平均的な女性よりも思春期エストロゲンレベルが高いこと(ふっくらした唇)と、アンドロゲン曝露レベルが低いこと(短くて細い顎部と大きな目)を示しているようだ 男性の実験参加者の事象関連電位によると、顔を見ることで起きるP3波の振幅には一定の規則性があり、それは女性の顔の美的評価に比例し、男性の顔の美的評価には無関係だった
同じホルモンレベルの組み合わせは、魅力的な女性の体型についても高いP3波反応性があり、また人工授精の研究では妊娠確立の高さの予測因子になることがわかっていた(Zaastra et al., 1993) 総合して考えると、この証拠によって、女性の美というものが、妊娠の指標となる思春期ホルモンマーカーと、それを見て感情的に反応する男性の脳の双方に依存していることが示されている
これらが性淘汰の指紋
上記の解釈を支持する証拠として、ヒトの場合、女性が極度に男性的な男性を好むのは、長期的な関係よりも短期的な関係の相手としてであり、さら女性が最も繁殖力が高い年齢(25歳前後)の場合(訳注: 元論文の実験参加者は20歳前後)や、排卵周期上で最も妊娠しやすい時期にある場合にこの傾向が顕著になる
またもや、これらの発見によって美的センスの性淘汰理論が支持されている
けれども、今の所の理解では、我々人類は遺伝子の生存による遺伝子の生存のための美的感情を生み出す精神を進化的に保有するようになったという説が支持されている